Last Night of the BBC Proms 2019
125周年を迎えたBBCプロムスの最終夜、「ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス2019」を聴きにロイヤル・アルバート・ホールに行ってきた。
今年の歌手は、2013年度のBBCカーディフ国際声楽コンクールで優勝したアメリカのメゾ・ソプラノ、ジェイミー・バートン。ジェイミーは「スタイルの良い歌手のみならずあらゆるサイズのオペラ歌手が差別なく舞台に立つべきだ」と公言し、ダイエットをやめている。ふくよかで大きなサイズの彼女は一曲歌うごとにはじけそうな笑顔で観客からの拍手に応え、陽気で可愛らしかった。前半ではオペラ、『カルメン』の「ハバネラ」や、『ドン・カルロ』の「呪わしき美貌」を披露した。響く声がホール後方の壁を倒すのではと思えるほどの声量の持ち主で、その声に潔さを感じる。その一方、映画『オズの魔法使』の劇中歌、「虹の彼方に」を絹の糸のように細く輝く声で歌い終えた時は、アーティストとしての繊細さも感じた。
BBC交響楽団を率いる指揮者のサカリ・オラモは切れが良くスマートな指揮をしながらも、その振る舞いは始終明るく、マエストロがプロムスの最後の夜を楽しんでいるのがありありと分かった。
元来、プロムスのラスト・ナイトは英国に焦点を当てるが、今年はその原点に立ち返り、後半にはアイルランドから「ロンドンデリーの歌」、スコットランドから「スカイボートソング」、そしてウェールズから「海の傍で」の3つの民謡を取り入れた。選曲が良く心が温まり胸がジーンとした。
そして終盤はお決まりの英国の愛国歌「ルール・ブリタニア」、「希望と栄光の国」、「エルサレム」、そして国歌「女王陛下万歳」を、ロイヤル・アルバート・ホールに集う全員で合唱する。バイセクシュアルの女性として堂々と生きていくことが自分にとって大切だというジェイミーは、イギリスの第二の国歌といわれる「ルール・ブリタニア」を歌いながらLGBTの尊厳と社会運動を象徴するレインボーフラッグを高く掲げ、ゆっくり旗をはためかせた。そして観客はそれぞれに、英国の旗、自国の旗、またブレグジットに反対する人たちは、EUの旗を振りながら唱和する。さらに締めくくりの「オールド・ラング・サイ
ン」(「蛍の光」の原曲)は昔からの慣習にのっとり全員起立し、体の前で腕をクロスさせ、右手で左隣の人の左手を掴み、左手で右隣の人の右手を握って体を揺らしながら全員
で歌うので、ホール全体が一層盛り上がる。プロムスのラスト・ナイトは「聴きに行く」というより「参加しに行く」という方がしっくりいく。音楽を通して英国のプライドと歴史と文化、さらには現代社会が重きを置く価値観さえも感じ取れるマジカルな時間だ。
英国はこれほどの音楽を創造する作曲家たちを生み出す力を持った国、そしてその音楽によって会場の観客のみならず世界中の音楽ファンまで陶酔させられる国であることを実感した。それだけにブレグジット問題でまとまりのなさをさらけ出している英国の現状を切なく感じたのである。
2019年11月25日発行のACT4 、93号「ロンドン便り」にて掲載
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