Donizetti's L'Ange de Nishida by Opera Rara at the Royal Opera House
オペラ・ラ・ラは歴史の中に埋没した19世紀のオペラの傑作を発掘し、蘇らせることを使命としているオペラ・カンパニーだ。オペラ再生における学術的・音楽的発見を通してオペラ文化発展に貢献している。今回は作曲後180年間、一度も上演されたことのなかったドニゼッティの『ニシダ島の天使』をROHにおいて世界で初めてコンサート形式で上演した。ライヴが録音されCDとなり来年初めに発売される予定だ。しかしながらこのオペラ復活に至るまでには複雑なストーリーがある。
1838年、ドニゼッティはイタリアからパリに渡り、オペラ座で『ランメルモールのルチア』を成功させる。更に、ナポリ王が愛人を抱えているという内容のために当時のイタリアでは上演許可が下りなかったであろう『ニシダ島の天使』をルネサンス劇場で上演しようとしていた。しかし、劇場の倒産でそれが実現することはなかった。当時、パリの劇場では各劇場の演目内容が協定で取り決められていたので、他の劇場では上演できる見込みがないと判断されたこのオペラはお蔵入りとなってしまう。その後、楽譜の約半分ほどは同作曲家の『ラ・ファヴォリータ』に使われたものの、残りは散逸し、170年もの間忘れ去られていた。しかし、今世紀に入りイタリア人音楽学者のキャンディダ・マンティカが、パリやイタリア、アメリカに散らばり、再生不可能かと思われた楽譜を8年もの歳月をかけて解読し、ジグソーパズルを組み合わせるかのようにして再生したのである。
『ニシダ島の天使』はセミ・セリアというジャンルに属する。すなわちヒロインが最後死んでしまうという悲劇であるがコミカルな反面も持っている。世界初上演では、オペラ・ラ・ラの音楽監督であるマーク・エルダーが指揮を執ったが、さすがの統率力と感性で、精鋭集まるロイヤル・オペラのコーラスとオーケストラを見事に率いて深みのある音楽を作り出していた。主役シルビアを歌ったのはレバノン・カナダ人のジョイス・エルコーリーだ。彼女の上品で透き通った声はナポリ王の愛人の悲哀を良く表していたが、音色に幅がないような気がしたのは私だけであろうか。恋人のレオネを歌ったデヴィッド・ジャンフン・キムの声は優雅ではあるものの第1幕の2人のラブ・デュエットでは相性のよさが感じられなかった。しかしながらその後の彼のソロのベル・カントは叙情的で哀愁が漂い感動的だった。滑稽な王の侍従、ドン・ギャスパーを歌ったルロン・ナウリは、気の利いた身振り手振りでバッソ・ブッフォの役をこなし、観客から笑いを取った。ナポリ王役のヴィト・プリアンテは、颯爽とした王で大修道院長のエフゲニー・スタヴィンスキーは落ち着いて威厳があった。特筆すべきは四重唱とコーラスの輝かしい出来である。ドラマチックで真情溢れ琴線に響いた。
息を吹き返したこのオペラは登場人物の複雑な心理事情があるにも拘らずリブレットは人物の性格描写が乏しく物足りない気がした。しかしながら音楽構成は笑いを誘う軽いタッチあり、軍隊行進曲風なものあり、また抒情詩調のものありと変化に富み、ドニゼッティの生き生きした劇的な音楽性が良く表れている。このオペラはドニゼッティの代表作である『ランメルモールのルチア』や『愛の妙薬』のような人気オペラになるとは思わないが、マーク・エルダーが言ったとおり、登場人物が少ない事もあり、夏のカントリー・ハウス・オペラなどでのやや小さめのステージでの上演には似合っていると思う。筆者はその日が来るのを心待ちにしている。
July 20th, 2018付 J News UK (www.j-news-uk.com) に掲載
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