Don Pasquale by Donizetti at the Royal Opera House
オペラを多作したことで知られるドニゼッティは生涯でおよそ70ほどの作品を創作した。オペラ・セリアもオペラ・ブッファも両方得意としたドニゼッティだが、『ドン・パスクワーレ』は『愛の妙薬』に続いて2番目に人気のある彼のオペラ・ブッファだ。(いうまでもなく彼の一番人気のオペラ・セリアは『ランメルモールのルチア』である。)
このプロダクションはロイヤル・オペラ・ハウスとパリのオペラ座とパレルモのマッシモ劇場の共同作品で初演は今年3月にパリのオペラ座で行われた。演出はダミアーノ・ミキエレット。彼は2015年に初上演されたROHの『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『道化師』の二本立て『キャヴ&パグ(Cav & Pag)』で、ローレンス・オリヴィエ賞を受賞したことで有名だ。(2020年4月-5月にリバイバルします。素晴らしいのでお見逃しのないように!)作品としてはスタイリッシュで視覚にも訴えると思ったが、スタジオのメイクアップアーティストに変貌してノリーナが大写しでスクリーンに映し出されるところなどは凝りすぎていて観客の気が散る原因となったような気がした。また最後にドン・パスクワーレが車いすに座らされてしまうのも少し酷な展開だと思った。舞台デザインはパオロ・ファンティンで、屋根の骨組みをLED照明の白色ライトで縁どっただけのドン・パスクワーレの1960年代風の家が印象的だ。純真無垢であるかのように装っていたノリーナが、年老いたドン・パスクワーレと結婚し籍を入れた途端に豹変し、大金をかけて家を彼女好みのモダンインテリアに改装してしまう。屋根の骨組みだけが変わらないことをLED照明によって強調することでドン・パスクワーレの慣れ親しんでいた昔の家が影も形もなくなったという事実を効果的に表していた。素晴らしかったのはエヴリノ・ピドの熟練して軽やかな指揮だった。彼に導かれたロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラはペースの早い音楽を軽快でエネルギッシュに奏でていた。
今回初めてこのタイトルロールを演じたブリン・ターフェルは滑稽な役を楽しんで演じているように見えた。しかしながら本来ドン・パスクワーレは70歳であり、演じるにはターフェルは少々若すぎるような気もした。エルネストを演じたイオアン・ホテアは、見た目も歌唱力も今一つパッとせずノリーナが恋に陥るのにはあまり相応しくなかった。一方、ノリーナ役のオルガ・ペレチャッコは、幕が進むにつれて調子が良くなっていき、色気を存分に発揮し、またコミカルな演技も巧みであった。特に楚々とした女性から派手好きで自分勝手な女性へ豹変した時のその変身ぶりは見事だった。ペレチャッコと肩を並べて上手だったのが、マラテスタ役のマルクス・ヴェルバだ。力強い声と伊達なルックスが魅力的だった。第3幕のドン・パスクワーレとマラテスタが早口で歌う聞かせどころ、「Aspetta, aspetta, cara sposina, (待っておれ、待っておれ、愛しい花嫁よ)」も軽快で、パペット人形を操りながら歌う二人の息も合っていた。
『ドン・パスクワーレ』の魅力は若い嫁のノリーナに平手打ちを食らったり、甥のエルネストと医者のマラテスタにまんまとかつがれても最後にはそれを受け入れてしまうといった、老いたる・パスクワーレの温かみが奥深くに感じられるところだと思う。19世紀前半オペラ・ブッファ黄金時代における最後のコミック・オペラである『ドン・パスクワーレ』。ドニゼッティのこの傑作は人々を魅了し続けていくと思う。
9th December 2019 J News UK (http://www.j-news.uk.com) にて掲載
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