Andrea Chénier by Unberto Giordano at the Royal Opera House
『アンドレア・シェニエ』はフランス革命の当時、ロベスピエールによる恐怖政治によって処刑された実在の詩人をモデルに書かれたヴェリズモオペラの代表でジョルダーノの傑作である。初演はミラノのスカラ座で1896年。ヒロインのマッダレーナは、シェニエの残したコワニーという美女について語られた詩を基に創造された。リブレットには革命当時に実在した人物もたくさん登場しフランス革命という世界史の中でも最もエネルギー溢れる時代の一つを背景にした歴史物語で私にとっては大変興味深い。
この作品は2015年にデイヴィド・マクヴィカーが演出したもので今回が初めてのリバイバルだ。タイトルロールを演じたロベルト・アラーニャが1992年に初めてROHに出演してから100回目の登場を記念するお目出たい公演となった。アラーニャ健在!彼の明るく伸びやかで透き通った声は燦燦と輝く太陽の光のように、コベントガーデンのオペラハウスに鳴り響いた。彼は見ていてエキサイティングで、スターとはこういうものかと改めて納得してしまった。彼が第一幕でジェニー・ティラマーニのデザインした颯爽としたロココスタイルの紺色の衣装を身に纏い、「ある日、青空を眺めて」 ( Un dì all’azzurro spazio)を朗々と歌い上げた後は観客からの拍手が鳴りやまなかった。そして第4幕でのマッダレーナとのデュエット「貴女のそばでは、僕の悩める魂も」 ( Vicino a te s'acqueta l'irrequieta anima mia)も身震いがするほど美しかった。マッダレーナを演じたソンドラ・ラドヴァノフスキーとの相性もよく、「あーこんな恋がしてみたい」と観ていてため息をつくほどだった。ラドヴァノフスキーも世界中の一流オペラハウスで活躍するアメリカン‐カナディアンのソプラノだが、彼女の声は人を圧倒するほどの量感がある。第3幕のアリア「亡くなった母を」 ( La mamma morta)を歌い上げたときは瞬きするのも忘れ、恍惚の境地に陥った。彼女の渾身の演技も心に残った。特にこのアリアの直前にアンドレアの為にジェラールに自分の体を投げ打とうとする時などは殺気を感じるほどの凄みがあった。ジェラールを演じたディミトリ・プラタニアスはこの日は絶好調だった。彼の深みのある響く声はものすごくパワフルで押し寄せてくる大海の大波のように迫ってくる。真面目な元従僕の役がぴったりで華があるアラーニャとの対照が鮮明だった。しかも第1幕で従僕の制服を投げうつ時や、第3幕のアリア、「国を裏切る者」 ( Nemico della patria)を歌いながら、内に秘める情熱、フラストレーションを露にする時の演技も卓越していた。アラーニャ、ラドヴァノフスキー、プラタニアスがアリアを歌った後はそのたびに観客からの拍手が鳴りやまなかった。全身を使ったダニエル・オーレンの指揮は、マッダレーナとアンドレアが一緒にギロチンに向かっていく最後まで緊張感途切れることなくオーケストラを誘導し、彼らの演奏は感動を呼んだ。ロバート・ジョーンズのデザインした舞台セットと前述のティラマーニの衣装は貴族の豪華絢爛さを如実に物語る第1幕のコワニー伯爵家のパーティーでのシーンが印象的だった。アダム・シルヴァーマンの照明は上品で舞台がキアロスクーロのある絵画のように見え美しかった。特に第4幕の牢屋の暗さと外の自由な世界の明るさを区別したライティングは顕著な効果を生み出していた。
第1幕のアラーニャのアリアに感動して「ブラボー」と声を掛けたら、お隣の老紳士も同時に「ブラボー」といったので、それが縁で観劇中彼と話が弾んだ。マリア・カラスのトスカをここROHで観たことがあるとおっしゃっていた彼は長年のオペラファンだ。オペラ好きと感動を分かち合え、今宵は至福の時を過ごすことができた。ああ、幸せ。オペラ万歳!
4th June, 2019 付 J News UK (www.j-news-uk.com) にて掲載
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